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カジノでギャンブラーからカネを恵んでもらう方法 [カジノの気になるワダイ]

フィリピン人から学んだ、カジノでギャンブラーからカネを恵んでもらう方法


絶賛無職生活を謳歌している口から言うのも何様だ、と自分でも思うが、心も体も蝕んでいく貧乏との付き合い方で大事なのは、「なんとかなる」精神と足の軽さだろう。  金がない時は本当にしょうもない事ばかり考える。もし働いていれば、 「このままの生活を続けて果たして自分の人生は……」 と、何も積み重ねていない怠惰の平野で空を想うし、働いていなければ時間ばかりが余るので宇宙や死について考えたりする。心にヒビが入っているタイミングだと、 「死んで全部リセットしてしまいたい」 と鬱屈した気持ちがヒビから浸透してしまう。とるに足らない貧乏人が一人死んだところで、世界は元々リセットが必要ないくらいにそのままで何も変わらないのに。  そもそも、貧乏なんて恥ずかしいものは他人に相談できないし、みんなそう思うように育てられてきてしまった。社会で負けないために少なからずの闘争心を教育課程で植え付けられ、自動的に金がないことを負けだと思ってしまう。  ありきたりだが、自分が引き起こした貧乏には「ハクナ・マタタ(どうにかなるさ)」の精神で対応していくしかない。  まだ。まだ負けてないのだ。ロイター板をゆっくりと踏みつけ、一番下まで来た。あとは上がるだけ。ただの痩せ我慢だが、結局これが貧乏が引き起こす病理と戦う最善だと、僕は思う。





フィリピンで博打に焼かれて一文無しになった時、死にたいくらいに恥ずかしい気持ちになった。  恋と博打の破産は本当に突然やってくるもので、よもや自分が完全な文無しになることを想定していなかったから心の準備が間に合わず、カジノの隅の方にあるスロットコーナーで項垂れていた。さっきまであった数百万円分の温もりが、ポケットの中で無造作に残っていた。  金持ちのアジア人のフリをしていた僕の元には現地の乞食がよく現れる。この時も気のいい僕が何かくれるんじゃないかと、いつも僕にべったりだったおじさんが声をかけてきた。 「もうお金なんてないよ、全部なくなっちゃった」  ポケットをひっくり返して見せる。「もう枯れちまったか」みたいな反応をされると思っていたが、




「そんな悲しいことがあってたまるかよ、あんたには兄弟だから俺がなんとかしてやる」  そう言って僕をカジノのテーブルに連れて行く。





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